[2020年3月号]ブルゴーニュを脅かす、ブドウ畑価格の高騰(代表取締役社長 石田大八朗)

2020.03.06ニュースレター

グッチやボッテガ・ヴェネタなどのラグジュアリーブランドを傘下に持つファッション業界の帝王フランソワ・ピノーは、英国のオークションハウス・クリスティーズの役員であり、さらにシャトー・ラトゥールのオーナーでもあります。その彼がクロ・ド・タールを購入したというニュースは少し前に業界で大きな話題となり、仏ビジネス新聞「Challenges」はその購入額が約300億円(2億€)だと推定しました。

300億円はモノポールの畑を含むドメーヌ全体の金額です。その価値を分析すると、①ブドウ畑、②設備、③ブランド価値の大きく3つに分けて考えられます。それぞれの価値を正確に算出するのは難しいので、あくまで仮定の話として、②設備が10億円、③ブランド価値が50億円とすると、残りの①ブドウ畑が240億円相当となります。クロ・ド・タールは7.53haありますから、なんと1haあたり32億円(2000万€)!ブルゴーニュのグランクリュだからこその目もくらむような巨額取引です。

もしも土地の価格を仮に1年間のワイン代で償却するとなると・・・
ヘクタールあたりの収量=30hℓ
そこから算出される生産本数=30hℓ/ha×7.53ha=225.9hℓ(ワインボトル30,120本
分)
240億円÷30,120本=796,813円
1本あたり約80万円!!!

ここまでではなくとも、近年ブルゴーニュ全体で畑の価格が急上昇しているという噂は耳にされた方も多いのではないでしょうか。そこで今回は畑の価格や畑を取り巻く環境の変化について考えてみたいと思います。

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畑の価格

フランスの農業・金融省の監督のもとに農地売買の公的仲介をする非営利組織SAFERによると、グランクリュの中でも最高位の畑の価格は過去10年で約2倍になりました。2008年のha当たりの推定金額はおよそ700万€(8億)だったのに対し2017年では1400万€弱となり、さらに2018年の最新の報告では1450万€となっています。この背景には、著名なクリュから作られるワインに対する青天井のグローバル需要と裕福な投資者による畑の買い占めがあります。

1450万€/haというと天文学的な金額ですが、これはグランクリュの中でも最高クラスの価格で、全体を見てみると実は大きな格差があります。2018年のグランクリュの推定スタート価格(最安値)は285万€/haで、平均価格は625万€/haです。

<2018年度 ブルゴーニュ グランクリュにおける価格差比較>

図1<2018年度 ブルゴーニュ グランクリュにおける価格差比較>

<2018年度 各産地における畑の最高価格と平均価格の比較>

 図2<2018年度 各産地における畑の最高価格と平均価格の比較>

 

畑価格はどのように推移しているのでしょうか?
下の表は直近20年の畑の価格比較です。ボジョレーやラングドック=ルーションに比べ、ブルゴーニュやシャンパーニュの価格の上がり方が著しいことが分かります。特にグランクリュは10年ごとに2倍と大幅に値上がりしています。

 

<畑の価格(€/ha)>

図3<畑の価格>

出展:Safer-SSP-Terres d’Europe-Scarf

図4畑価格

 

<SAFER>
農地売買の公的仲介機関であるSAFERは、農林地の売買に際して発生する税金よりも少し安い値段を仲介料として得る仕組みになっており、生産者はSAFERを通すことで税金の一部または全額が免除されます。このSAFERですが、非常に社会主義的な性質を持っていると言われます。若く小規模な生産者と、既に成功している資金のある生産者が同じ畑を買いたいという場合は、前者を極力優遇します。過去にすでに成功した生産者であったアラン・ブリュモン氏が畑を買おうとした際に、売り側のオーナーともほぼ合意ができていたにも関わらず、若い生産者が購入の意向を示したことからSAFERが介入し、より安い価格で若い生産者への販売を誘導したなどの例があります。
ブルゴーニュは既にSAFERが機能できないほど土地の価格が高騰し、資本主義的な農地売買となりつつあります。

畑を取り巻く環境の変化

冒頭でフランソワ・ピノーがクロ・ド・タールを購入したことに触れましたが、直近で話題となったドメーヌ買収劇を見ていくと、スクリーミング・イーグルのオーナーでありフットボールクラブのアーセナルを所有する米国の億万長者スタン・クロエンケが2017年にボノー・デュ・マルトレイを、2014年にはLVMHグループがクロ・デ・ランブレイ(8.66ha)を1億€強で購入しています。こうした状況を前に一部の生産者たちの中には「巨大企業の独占による天文学的なワイン価格という受け入れがたい時代の到来だ」と不安とも不満とも言える嘆きが渦まいています。

デカンター誌でのインタビューによると、ステファン・マニャンは「税金対策のためにばかげた価格でワインを販売することを望まない小規模生産者にとって、相続税は本当に頭を悩ます種になっている」とし、さらにドメーヌ・A・Fグロのカロリーヌ・パラン・グロは「ブルゴーニュの土地にかかるコストは急激に高騰してしまい、今ではもう収益性云々の話ではなくなっている。今日ブドウ畑を所有することは、生産的な資産というより芸術作品を所有しているのに近い」「我々の懸念は、数年のうちに土地を維持し続けることが困難になった家族経営のドメーヌが、それまで何代にも渡って受け継いできたものであるにも関わらず、畑を巨大なファイナンシャルグループに売らざるを得なくなることだ」とコメントしています。

<参考 親/子の場合の相続税の税率>

図5<参考 親子の場合の相続税の税率>

ここで先述した畑の価格をもとに10年前と現在とでは相続税がどれだけ違うのかを、父が息子に畑を相続するパターンのシミュレーションで見ていきたいと思います。相続税は下記の通り算出しました。(相続税は下記の通り算出)
① 相続人が取得した財産の価値の合計
② そこから基礎控除(直系の子孫には一人当たり10万€の控除)
③ 求められた課税価格に税率を乗せる
(親/子の場合、課税価格が1,805,677€以上で45%)

 

<ブルゴーニュにおける相続(親/子)想定シミュレーション>

図6<ブルゴーニュにおける相続(親子)想定シミュレーション>

注1)想定価格です
注2)条件をそろえるため税率は2019年のものを使用

全く同じ土地であるにもかかわらず、1998年には244.8万€だった相続税が、10年後には480.6万€に、さらに10年の現在では937.7万€と10年ごとに約2倍になっています。これだけの相続税を小規模農家であるドメーヌが用意することは非常に困難です。泣く泣く畑を手放さざるを得なくなる人が現れたり、汗水たらして畑仕事をするより、孫の代まで安定した生活が送れるような大金を瞬時に得られるなら喜んで売却したいと考える人が出ても不思議ではありません。
相続ではなく子どもに畑を売却するという手段なら、売り手側が安く価格を決められるのでは?と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、フランスも日本と同様に不当廉売は禁止されているため、あからさまに安い売値をつけることはできません。適正価格を大きく下回る価格で売却すればINAOや税務当局から調査が入るようになっています。

ワイン畑の投資という観点とワイン価格

上で見てきたようなブルゴーニュの地価高騰について考えるにあたり、マンション投資と優良畑への投資について比較してみましょう。
マンション投資であれば、例えば1億円でマンションを建設し(投資)、年間の家賃収入が800万円あるとします。一見利回りは8%のようですが、実際には修繕費やその他の費用もかかり、また年々マンションの資産価値は下がります。現金で1億円あれば別ですが、金融機関から借り入れをしたとするとその1億円を返済しながらリターンを考えていくことになり、実際の利回りはぐっと下がります。

これをワインに置き換えると、1億円のマンションがブドウ畑、リターンとなる家賃収入がワイン販売収入になります。
以前のブルゴーニュでは、農家の父親がブドウ畑を子どもたちに残したいと考えて新しく購入(投資)する際、マンション投資のように購入した畑の資金を数十年で回収するという考えが主流でした。そうでなければ、子どもに相続させる際、畑とともに金融機関への負債も背負わせることになってしまうからです。畑の価格が数十年で回収できる程度だったということでもあります。

しかし、ブルゴーニュワイン人気によってワイン価格が上昇したことで、その宝物を生み出すブドウ畑自体の価値も上がり、購入における考え方が劇的に変化しました。つまり、唯一無二の味わいを生み出す優良なブドウ畑は資産価値が下がらないため、投資資金の回収を考えなくても良いという認識が生まれたのです。回収を考えなければ、その分畑を高額で購入しても十分なリターンが得られます。将来的にはワイン価格がいっそう上昇し、更なるリターン増加も少なからずあり得ます。そして畑の地価自体が更に上昇して、畑の資産としての価値そのものが上がる可能性すらあるのです。また、ブルゴーニュの優良畑を持つこと自体が一種のステイタスであるため、リターンなどの損得抜きに購入する層が存在することも地価の上昇の一因となっています。

こうした考え方の変化によってブドウ畑の購入者も昔ながらの小規模生産者から資本力のある大企業や資産家に変化してきています。ボルドーのシャトー・パルメの輸出ディレクターダミアン・グルレが「優良なブドウ畑は資産と考えており、高い収益性があるため高価でも買う。ブドウ畑の取得はホテルビジネス、不動産ビジネスに似ている」と言うように、借り入れが必要ない大企業や資産家には投資対象として大きな魅力です。しかし逆に考えれば、投資家は投資額に見合うリターンを死守したいと考えますし、それは一円でも多い方が良いわけです。少しでも大きいリターンを求めることで、更なる価格上昇の圧力にもなってしまいます。
一昨年12月には世界の農地に投資する「ファーム・ファンド」がロンドンで立ち上がりました。彼らの投資対象にはブドウ畑も入っており、ますますブドウ畑の地価上昇は続いていく可能性があります。

小規模生産者にとっては、地価上昇が相続税の急激な増加としてはね返り、子どもに畑を相続させることさえ困難になってしまいました。高額な相続税に相応する貯蓄を作っておくために、ワイン価格を値上げするしかなく、必然的にワイン価格の高騰につながっています。

図7

ブルゴーニュ人気によるワイン価格の高騰がブドウ畑の地価上昇につながり、それがブドウ畑を購入(投資)する人や考え方の変化をもたらしました。そしてブドウ畑の地価上昇は相続税の値上がりを引き起こし、高額な相続税のためにワイン価格は更に引き上げられることになるという価格上昇のスパイラルを生んでいるのです。

まとめ

こうしたブルゴーニュワインの価格上昇がさらに進みかねない現状は、フランス国内外で広く案じられています。なぜなら、ここにブルゴーニュをブルゴーニュワインたらしめているものが失われていく前兆を見るからです。
ルノーの経営にフランス政府が強く関与するように、フランスには社会資本主義とも言われるシステムが存在し、資本主義の自由競争を良しとしない社会主義的な思想が色濃く残ります。そして、そもそもブルゴーニュの畑はフランス革命時に教会や貴族から没収され再配分された社会主義的な「平等」を象徴するものでした。フランス人の揺るぎない価値観である「自由、平等、友愛」の根幹であり、フランスの人々の心に深く根ざすものでもあります。これが資本主義の波に押し流されそうになっているのです。

また、小規模・家族経営・細分化された畑の所有という歴史と伝統の上に継承されてきたブルゴーニュ独自の文化が消えていく懸念もあります。世界的に有名な生産者なのに、いつも小汚い恰好で畑仕事を愛しているというギャップ。ひょっこりワイナリーに立ち寄った際にも温かく迎えてくれる心地良さ。他産地のようにオーナー・社長・外部コンサルタント・醸造長などが集まって集団で導き出す大企業的なブレンドワインではなく、家の主である作り手一人(現実的には外部コンサルタントや家族間での協議があったとしても)のワイン観がストレートに反映された神業のようなワイン。そしてこれら全てが合わさって、飲む人の感動につながる芸術品であることこそが、ブルゴーニュワインの真骨頂です。

時代の流れの中で変わりゆくことは必然かもしれませんが(既にだいぶ変わってきてはいます・・・)、ブルゴーニュを愛する者にとっては数百年続いてきたその歴史的・文化的側面までも失われてしまうのは本当に残念でなりません。